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東京地方裁判所 平成8年(ワ)17486号 判決 1998年4月27日

原告

甲野一郎

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤隆信

被告

乙川太郎

被告両名訴訟代理人弁護士

鳥飼重和

右同

多田郁夫

右同

森山満

右同

船木亮一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金五〇〇万円及びこれに対する平成八年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告株式会社新潮社(以下「被告新潮社」という。)は、書籍の発行、販売等を業とする株式会社であり、写真週刊誌フォーカス(FOCUS)(以下「フォーカス」という。)を発行している。被告乙川太郎(以下「被告乙川」という。)は、右フォーカスの編集・発行人である。

2  被告らは、平成七年一二月二〇日ころ、被告新潮社発行のフォーカス一二月二〇日号誌上において、原告について以下の記述を掲載した(以下「本件記事」という。)。

(一) 同誌目次において『Mに復讐を始めた再解任「甲野弁護士」の大嘘―“尊師通達”捏造で「J」外し』との記載。

(二) 同誌一〇頁見出において右(一)と同文の記載。

(三) 同頁記事において『その甲野弁護士が、Mへの復讐に転じている。』、『最後の金稼ぎをしようと、取り調べの状況やMとの接見内容などを一部マスコミに流し始めたのだ。』、『「これは大嘘だ」というのはある元信者。「MがJに怒ったことは一度もない。甲野の仕事はMと教団との連絡係。ある時期から、甲野はそのMからの伝言、“尊師通達”にJに関する嘘を混ぜはじめたんです」。』、『なぜ、甲野弁護士はそんなインチキをしたのか。「Jは甲野を信用せず、他の弁護人を捜し回っていた。それに、教団は夏頃、不動産売却を進めていたんですが、甲野も一時この仕事に係わっていた。独自にブローカーと接触し、キックバックを狙っていたんです。Jはこれを嫌って、あいつを資産処理から遠ざけようとした」。そういうJを煙たく思い、「甲野は、“尊師通達”の中に、“Jだけの意見が突出しないように”とか“Jは資産売却にはあまり口をはさまないように”と捏造を加え、“J外し”まで画策し始めたんですよ」(同)。』

(四) 同誌一一頁記事において『甲野は金づるを失ってしまうと危機感を持った。』、『Mが甲野弁護士を見限ったのには、』、『Mは、甲野のいい加減さにショックを受けたんです(司法クラブ記者)。』、『こういうメチャクチャぶりにさすがのMも嫌気がさしたというのが、“甲野再解任”の裏事情だったようだ。』

3  被告新潮社は販売会社として、被告乙川は、フォーカスの編集・発行人として、それぞれ他人の名誉を毀損しないよう編集・発行する義務があるのに、被告らは、右記載が名誉を毀損することを十分認識しながら右記載のあるフォーカスを発行して、日本全国に販売し、虚偽の事実を公然と摘示して原告の名誉を毀損した。

4  右名誉毀損行為により原告が受けた精神的損害を慰謝するには金五〇〇万円が相当である。

よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づき連帯して金五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の日である平成八年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。ただし、同2(三)中、『その甲野弁護士が、Mへの復讐に転じている。』との記載は、それ自体原告が社会的評価を低下させる具体的事実の摘示ではない。原告が“M”と呼び捨てにしたり、バカ呼ばわりした事実及び原告が最後の金稼ぎをしようと、取り調べの状況やMとの接見内容などを一部マスコミに流し始めた事実を総括した評価であり、これら各事実が真実であり原告の名誉を毀損しないものである以上、この評価も原告の名誉を毀損しない。また、独自にブローカーと接触し、キックバックを狙っていたとの事実は、仲介に伴う手数料を原告が考えていたことを述べただけで、原告の社会的評価を低下させない。

3  同3の事実は否認ないし争う。

4  同4の事実は争う。

三  抗弁

1  摘示事実の真実性

(一) 一般に、弁護士の職務活動が適正妥当に行われているかどうかは、公共の利害に関する事項であるところ、本件記事の背景となったいわゆるO事件は、重大な犯罪であり、その中心人物であるM(以下「M」という。)の弁護をどの弁護士がどのように行うかについては常に社会の関心の的となっており、原告のMの弁護人としての職務遂行が妥当に行われているかどうかは、まさに公共の利害に関する事項である。

(二) 被告らの原告に関する報道の目的は、原告に対する個人攻撃ではなく、あくまで原告の弁護士としての資質を問い、事実をもって国民の知る権利に奉仕する点である。

(三) 本件記事は事実である。

請求原因2(三)について、原告は、Mから再解任された平成七年一二月二日の直後、株式会社講談社発行の週刊誌週刊現代(以下「週刊現代」という。)の取材に応じ、同誌一二月二三日号誌上で、Mについて「大バカモン」となじった上、死刑を免れない等の非難発言を行った。右週刊現代の記事によれば、原告の右発言は原告を解任したMへの腹いせであるとは明らかであり、フォーカスの記事は主としてこの点を捉えて、原告がMへの復讐に転じたと評したものである。また、原告は、その直後に講談社に対しMの供述調書の一部を売り渡しており、右調書は週刊現代平成八年一月一日/六日合併号に掲載された。右売渡しが金目当てあるいはMへの当てつけでなされたことは明らかである。

さらに、「金づるを失う」との点については、原告が、経費を含めて、教団から月額四〇〇万円を受け取っていたという事実は、原告自身認めているのであって、再解任によってこの収入を失うことになったものであるから、真実である。

2  仮に本件記事が真実でないとしても、十分な取材に基づいて書かれたものであり、真実と信じるについて相当の理由がある。本件記事の取材を担当したのは、当時フォーカスの編集部員であった丙沢三夫(以下「丙沢記者」という。)である。丙沢記者は、本件記事の企画以前から教団の元幹部信者にも継続的に面談取材しており、その取材結果が本件記事のベースになっていたところ、さらに平成七年一二月四日から締切りである同月一〇日までの間、次のとおり関係者から必要な取材を行った。

(一) 丙沢記者は、当時教団に出入りし、Mの国選弁護団や教団の意向を受けて、それまでの原告の言動を調査していた国選弁護団の関係者に接触した。右丙沢記者の取材に対し、国選弁護団の一人は、「Jが甲野を弁護士として評価せず、他の弁護人を探していたので教団に解任されるのでは、と危機感を持った甲野がMの伝言の中で、Jの権限に関する部分を意図的に捏造したのであろう」、「経費を含めれば月額四〇〇万円も支払ってくれる教団がなくなってしまうのを甲野が恐れ、それでMが自主解散を否定したと嘘をついているのではないか」と自己の分析結果を述べている。また、同人によれば、Mが原告に対して決定的に愛想を尽かしたのは、Mが警視庁の留置場で書いた「Mノート」の宅下げ問題であり、原告が検察の検閲権があるから宅下げはできないとしてMに諦めさせていたところ、この話をMとの接見で聞いた国選弁護団が「法律上そんなことはない。すぐに手続をとりましょう」と言ったのでMは原告に失望したとのことである。

キックバックの事実については、丙沢記者は、前記国選弁護団の関係者及び元幹部信者への取材、当時教団から資産売却の相談を受けていた弁護士(故人)が原告の介入に辟易していたという情報も入手している。

その他、大阪弁護士会の関係者や、原告のことを知る在阪の弁護士、「オウム真理教被害対策弁護団」の弁護士の一人などに面談、電話の方法で取材している。

(二) 丙沢記者は、原告本人に取材し、事実の確認をするため、平成七年一二月九日、当時原告が住んでいた荻窪のマンションを訪ねたが、原告は不在であった。丙沢記者は、マンションの玄関先でカメラマン三人と待機し、同日夜、原告が帰宅した際、原告に取材の主旨を伝え話を聞こうとしたが、原告は意味不明のことを言いながら自宅内に入ろうとしたため、丙沢記者は取材拒否であると考え、自分の名刺と取材申請書を原告に直接手渡した。申請書には、本件記事として掲載予定の内容の詳細及び右内容に疑義、反論があれば連絡が欲しい旨記載してあった。その後、原告から丙沢記者への連絡はなかったため、丙沢記者は、同月一〇日、原告宅に電話をしたが、留守番電話の状態になっていた。また、同日午後九時二〇分ころ再度電話をしたが、留守番電話の状態であった。そこで、丙沢記者は、留守番電話に、昨日取材申請書を渡した者であること、申請書記載の情報に基づいて記事を作成する予定であること、原告の意見等を伺いたいこと等を吹き込んだ。

以上の取材経過に鑑みれば、本件記事は十分な裏付けを得て作成されたものであり、事実の真実性につき信じるに足りる相当な理由がある。

3  権利濫用

原告は、週刊現代における原告自身の口述形式によるMに対する爆弾発言や原告の裸の写真の掲載については、これまで一切法的に問題にしていない。原告は、謝礼目的で講談社からの取材や写真撮影に応じ、実際それなりの謝礼を得ているからであり、記事の掲載を許容していた。それにもかかわらず、本訴を提起したのは、原告が慰謝料名目での金稼ぎを目的としているからであり、本訴は権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

被告は、原告に対する中傷、誹謗の事実を並べ立て、本件フォーカスの売上増を意図したものである。

2  抗弁2は否認する。

3  抗弁3は争う。

第三  証拠

証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実については当事者間に争いがない。

請求原因3の事実のうち、被告新潮社が、本件記事を掲載したフォーカスを日本全国に販売したことについては実質的に争いがなく、被告乙川が同誌の編集・発行人として同誌の編集・発行を行った事実も弁論の全趣旨からこれを認めることができる。

二  本件記事が原告の名誉を毀損するものであるかどうかにつき検討する。

名誉毀損の成否を判断するにあたっては、一般の読者の通常の注意と読み方を基準にして、当該記事全体が読者に与える印象によって判断すべきである。そこで、右基準にしたがって読むと、本件記事は、原告が、後記のとおり強い公益性を有する弁護士という職にありながら、Mから再解任されたことに対して仕返しを行い、受任中にもMから教団に対する伝言に関して、不動産売却の仲介手数料を得る目的や弁護人の地位を維持する目的で嘘をついたという事実を摘示して、原告の職務活動がいいかげんであり信用できないとの印象を与えるものであると認められる。したがって、本件記事は、原告の社会的評価を低下させるものであるといわざるを得ない。

三  被告は、本件記事(一)ないし(三)について、『Mに復讐を始めた再解任「甲野弁護士」』とか『甲野弁護士がMへの復讐に転じている』との記載は評価であり、その基礎となった各事実が真実であり原告の名誉を毀損しないものである以上、この評価も原告の名誉を毀損しないと主張する。

しかしながら、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に、当該部分の前後の文脈や記事の公表時に右読者が有していた知識ないし経験等も考慮すると、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を推論の結果として主張するものと理解されるときには、同部分は、事実を摘示するものと見るのが相当である(最判平成一〇年一月三〇日裁判所時報一二一二号)。右基準にしたがって読めば、復讐(不利益に対する仕返し)であるか否かは証拠等により存否を決することができるから事実明言明であるといわざるを得ず、その推論の基礎となった事実(以下「基礎事実」という。)が真実であることにより、名誉を毀損しないことになるものではない。

四  抗弁について

1  被告は、本件記事は公共の利害に関する事項につき公益を図る目的で掲載したものであるところ、かつ本件記事の内容は真実であり(抗弁1)、仮にそうでないとしても真実と信じた相当の理由がある(抗弁2)と主張するので検討する。

本件記事は主として発言の引用の形式をとっているが、真実性の証明の対象となる事実は、かかる発言の存在ではなく、その内容たる事実である。

2(一)  摘示事実の公共性について

本件記事を全体としてみると、その趣旨は、いわゆる地下鉄サリン事件等の被告人Mの弁護人であった原告の弁護活動及びその前提として原告の弁護士としての職務内容、職務態度及び人物像に関する具体的事実を摘示するものである。

ところで、弁護士は、憲法上その存在を予定され(憲法七七条一項)、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」(弁護士法一条一項)ものであり、「前項の使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」(同条二項)とされ、法令及び法律実務に精通するほか「常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに努め」なければならない(同法二条)のであって、刑事事件の弁護人は原則として弁護士であることを要し(刑事訴訟法三一条一項)、民事訴訟においても訴訟上の代理人は原則として弁護士でなければならず(民事訴訟法五四条一項)、弁護士でない者が報酬を得る目的で、業として訴訟事件等の法律事務を取り扱ったときには刑罰を受ける(同法七七条、七二条等)とされていること等我国法上重要な地位・役割を占めており、現実にも国民の権利救済・紛争解決にとり不可欠な存在であることにかんがみれば、弁護士の職務能力及び職務態度に関する事実は国民にとって極めて関心の高い重大な事項というべきである。さらに、いわゆるオウム真理教の信者・元信者が被疑者・被告人となっている事件等(以下「オウム事件」という。)は、被害者も多数に及び社会的に重大な影響を及ぼしていたこと(公知の事実)等に照らすと、オウム真理教の中心人物であった被告人Mの弁護人であった原告の活動内容に関する本件記事は単に公共の利害に関するというにとどまらず、非常に公益性の強いものであるというべきである。本件記事の表現方法中には一部右公益性にそぐわないとも解し得る表現部分があるけれども、このことによって本件記事全体の内容から客観的に判断されるべき公益性が否定されるものではない。

(二)  公益目的について

当事者間に争いのない本件記事の内容及び証人丙沢三夫の証言によれば、本件記事の作成目的は、右公共の関心事であったオウム事件の弁護人であった原告の職務態度に対する疑念を提示することにあり、右記事の内容からすると、被告らはもっぱら公益を図る目的で右記事を報道したものと認めることができる。この点に関して、原告は、本件記事の表現が侮辱的であり、読者の好奇心を煽るようなものであるとして、本件記事は被告らがフォーカスの売上増を意図して掲載したものであり、もっぱら公共の利益を図るためのものではなかったと主張する。しかしながら、本件記事の表現方法はことさら侮辱的であるということはできないのみならず、見出しやフォーカスのように写真を主としてこれに比較的短い文章を加える形式の雑誌においては、記事の意図を効果的に伝達するために多少誇張した表現やレイアウト等を用いることも許されるというべきであり、また、公益目的の記事が、同時に売上増等の他の効果をもたらすことは何ら否定されるものでもないから、原告の主張は採用できない。

3  争いのない事実、甲第一号証の一ないし四、甲第二ないし第五号証、乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし四、第三号証の一、二、第四号証の一ないし三、第五ないし第九号証、証人丙沢三夫の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件記事の取材に至る経緯、取材内容につき以下の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  フォーカス編集部は、いわゆる地下鉄サリン事件が発生した平成七年三月以降オウム真理教に関する記事を同誌に掲載してきており、本件記事の掲載されたフォーカス同年一二月二〇日号(同月一三日に発売)が発行されたころには、オウム事件に関する記事を毎号掲載していた。同誌の編集長は被告乙川であり、同編集部においてオウム真理教関係の事実関係につき取材を担当していたのは、同誌記者の丙沢三夫外一名であったが、右取材は平成五年いわゆる坂本弁護士失踪事件のころに端を発し、平成七年三月ころから同年一二月ころまでの間継続して行われており、また、被告新潮社の週刊新潮編集部におけるオウム事件の担当記者とも情報を交換して、原告が教団の不動産の売却に口を挟んできていることや教団の緊急対策本部長であったJと対立している等の話を聞くなどして取材活動を行っていた。

(二)  当時、O真理教教祖Mの殺人等被告事件はO事件の中心部分として一般国民の関心事であったところ、原告は、同年六月九日に同人の被告事件につき私選弁護人に選任され、同年一〇月二五日には解任されたが、同月二七日に再び弁護人に選任され、同年一二月二日に再び解任されていた。

右のとおり、オウム真理教教祖の弁護人に選任された原告は、その弁護方針等について一般国民の関心を集め、マスコミ等の取材を受けることとなったが、マスコミ取材に対して原告が述べるMの弁護方針は、法曹関係者から果たして原告にこれだけの大事件の弁護ができるのかとの危惧を抱かれるようなものであったし、また、オウム真理教の幹部の名前を知らないと答えたりして、マスコミからも原告は準備や知識が不足しているとみられる状況であった。このような中で、右のとおり原告の選任、解任、再選任、再解任となったので、フォーカスとしては、この間原告が重大事件の弁護人としてどのような活動をしたのか、どのような理由で再解任されたのかなどを明らかにする必要があると考え、取材を開始することとした。

(三)  本件記事の掲載されたフォーカスの編集会議は同月四日に行われ、本件記事を掲載するとの方針が決定された。同誌編集部は、前記のとおり、原告が選任から再解任までの間弁護人として如何なる活動をしていたか、最終的にMがどういう理由に基づいて原告を解任したのかにつき明らかにするとの目的で記事を作成することとし、取材を開始した。本件記事の締切りは同月一〇日であり、最終校了は同月一一日の午後である。丙沢記者は、同月四日から同月一〇日までの間、本件記事の取材及び執筆に専従した。

(四)  右期間に丙沢記者の行った取材経過は次のとおりである。

(1) 丙沢記者は、Mの国選弁護団の関係者であり、O真理教団(以下「教団」という。)に出入りしていた人物に接触した。右人物は、国選弁護団及び教団の意向を受け、原告がMの弁護人として教団に伝えていた伝言に嘘があるとの疑念を確認するため、それまでの原告の言動を調査していた。丙沢記者は、同人から、原告の行動を時系列にそって箇条書きにしたメモを受け取った。

(2) 丙沢記者は、Mの国選弁護人の一人及び宗教法人O真理教の責任役員であったことがある元幹部信者に接触し、同人らから次のとおりの供述を得た。

① 原告が、教団に対し、Mからの伝言として「Jだけの意見が突出しないように」と伝えていたことにつき、国選弁護人の一人がMに確認したところ、そのようなことを言った覚えはないとの答えであった。

② 教団が平成七年夏頃から不動産等の資産の売却を進めていたことに関し、原告は教団に対し、Mからの伝言として「Jは資産売却にあまり口をはさまぬように」といった主旨のことを伝えたことにつき、国選弁護人の一人がMに確認したところ、そのようなことを言った覚えはないとの答えであった。

③ Jは同年一〇月七日に逮捕された際、他の教団幹部に対し「自主解散も考えるように」と言い残していたが、原告をとおしてMの意向を聞いたところ、原告は、同月一二日、教団に対し「自主解散は尊師の意向ではない。教祖は(Jに)激怒している」と伝えた。ところがこの点につき、国選弁護人がMに確認したところ、Mは「自主解散については必要があると思うときはしてもよい」と言っていたし、自分はJについてこれまでただの一度も怒ったことがないと明言した。

④ 国選弁護人の一人は、Jが他の弁護人を探していたため解散されることに危機感を持った原告が、Mからの伝言のうちJの権限に関する部分を意図的に捏造したのだろうと分析していた。

⑤ 元幹部信者と国選弁護人の一人の話では、原告は、教団の資産売却に口を挟み、独自にブローカーと接触しており、当時教団から資産売却について相談を受けていた弁護士は原告の介入に辟易していた。

⑥ 国選弁護人の一人は、原告が経費を含めて月額四〇〇万円(この金額については争いがない。)を支払ってくれる教団がなくなることを恐れ、Mが自主解散を否定しているとの嘘をついたのではないかと分析していた。

⑦ Mは、警視庁の留置場において、その日の取調の内容等をノートに書き続けており、原告にこのノートの宅下げを依頼していたが、原告は、検察の検閲権があるから不可能であるとして諦めさせていたところ、接見でこのノートの存在を聞いた国選弁護団が宅下げが可能であるとして手続きをとる旨Mに告げたので、Mは非常にショックを受け、原告に対し失望した(なお、右ノートは後日宅下げとなった。)。

(3) 丙沢記者は、その他原告の所属していた大阪弁護士会の関係者、在阪の弁護士、「松本サリン事件被害者弁護団」の弁護士の一人等に電話、面談等の方法で補足取材を行った。

(4) 丙沢記者は、同年一二月九日、原告から直接取材して事実確認をするため、原告のマンションを訪問した(乙八)が、原告は不在であったので、同日夜、原告が帰宅した際取材の主旨を伝え話を聞こうとしたが、原告が趣旨不明のことを言いながらマンション内に入ろうとしたため、丙沢記者は、原告が取材拒否をしているものと判断し、原告に対し、名刺と取材申請書(乙六)を手渡した。取材申請書には、前記(2)等の情報に基づき記事を作成する予定であること、原告の主張・反論につき取材したい旨の記載がある。

翌一〇日、丙沢記者は、数回原告宅に電話をかけたところ留守番電話になっており、同日午後九時二〇分ころ、留守番電話に昨日取材を申し込んだ者であること、申請書記載の記事を作成する予定であるが、原告の意見、反論を聞きたいこと、同日が締め切りであること、午前一時ころまでは編集部にいる旨吹き込んだ(乙七)。しかし、原告からは連絡がなかった。

(五)  ところで、原告は、同月七、八日ころ、Mの弁護人として入手したMの検察官に対する供述調書のうち三通の写しを株式会社講談社の週刊誌「週刊現代」の編集長らに交付し(乙一の二、乙四の三)、その謝礼として同週刊誌から同月一一日から一二日にかけて旅館に宿泊して接待を受け、同月一一日に金一〇〇万円、同月一四日に金五〇万円を受領し、また、同誌の一二月二三日号には自らの入浴場面を撮影した写真や現金をかぞえている写真を掲載させている(乙二の三)。

4  摘示事実の真実性

前記認定の事実によれば、本件記事(一)ないし(三)記載の事実のうち『Mに復讐を始めた』、『その甲野弁護士が、Mへの復讐に転じている』、『最後の金稼ぎをしようと、取り調べの状況やMとの接見内容などを一部マスコミに流し始めたのだ。』との各記載については、真実であると認めることができる。蓋し、原告自ら撮影を承諾した裸体写真が掲載され、後日Mの供述調書も掲載されることとなる週刊現代の記事の記載は、その表現はともかく基本的事実につき信用できるというべきであるところ、同誌平成七年一二月二三日号(乙二の四)の記載によれば、原告は再解任の事実につき「私は、もうちょっと思慮分別のある男であるというふうにMを評価していましたけど、今回の件(甲野弁護士の再解任)で、もう全然ダメだとわかりました。」などとしてMに対する批判的な発言を行っており、これと前記3(五)の事実を併せ考慮すれば、原告の行動はMへの復讐からされたものというべきであり、しかも復讐とともに対価を得ることを目的としてMに関する職務上知り得た情報をマスコミに流していたものというべきである。

しかしながら、その余の事実については、これを真実と認めるに足る証拠はないといわざるを得ない。

5  本件記事を真実と信じた相当な根拠

(一)  右3において真実と認めることができない本件記事中のその余の事実につき被告らが本件記事を真実と信じた相当な根拠の有無につき検討する。

本件記事作成当時、丙沢記者が収集していた情報は前記3(四)のとおりであるところ、右情報の入手先の個人名はいずれも明らかではないものの、丙沢記者は、右情報の入手以前から、オウム事件に関する取材を継続しており、原告に関する事実についても原告がMの弁護人に選任された同年六月から行われているのであるから、取材期間はかなり長期に及ぶものであるところ、それまでの取材によって蓄積していた事実が本件記事の作成にあたっての判断の基礎にあると考えられること、原告も自認するとおり原告はMの弁護人を短期間に二度解任されているという異常な状況が存在したこと、同年一〇月二七日、丙沢記者は、野崎研二弁護士から「私は今月二一日に甲野弁護士に会う機会があり、その時にM氏の弁護方針を聞き、その結果具体的な危機感を持ったのです。」との記載のある文書(乙三の一、二)を受け取っていたことが認められるのであって、このように丙沢記者の取材結果には、それを裏付けるというべき状況が存在したものである。他方原告は、訴外株式会社講談社に対し、自らの入浴場面と現金をかぞえている場面を写真撮影させること及び各写真の掲載を承諾し、本件記事の掲載されたフォーカスの発売に先立つ同年一二月一一日発売の週刊現代平成七年一二月二三日号(乙二の一ないし四)には右写真が掲載されていること等から窺われるように、丙沢記者において原告が誠実に職務を遂行する能力に欠ける人物であるとの印象を抱かせ、本件記事の摘示にかかる事実についても真実であると信じさせることとなった原因の一端は、原告が自ら作出したものであることが認められる。

また、前記2(一)のとおり、本件記事の公益性は非常に高く、前記のとおり弁護士という極めて高い公益的立場にある原告としては、その反面、ある程度の批判的な事実報道をされることは甘受すべきであること、弁護士である原告が前記のとおり復讐といい得る行動をしていることも加味すれば、前記3(四)認定の取材経過及び取材内容、これに基づく丙沢記者の認識、Mの再解任にいたる外形的事実に照らし、原告が教団に対し、Mからの伝言につき虚偽の内容を伝えていたと信じたことには相当の根拠があったものというべきである。

(二)  また、原告本人尋問の結果中には、原告がO真理教のいわゆる青山総本部において教団の資産売却に関し談話中の不動産ブローカーと同席したことがあり、Mから教団の財産に関し売却の許可があった旨を文書により証明したことがある旨の供述部分があり、原告がMの弁護人として、経費・報酬含めて月額四〇〇万円の支払を受けていたことに争いはなく、前記のとおり虚偽の伝言があったと信じることが相当であることを前提とすれば、その動機として金銭的な問題を考えることは不合理とはいえない。さらに前記のとおり原告自らかかる事実を信じやすい状況を作出したことも考慮すると、右事実を真実であると信じたことの根拠としては前記情報等をもって相当であるといわざるをえない。

したがって、本件記事の主要部分につき、真実と信じたことには相当な根拠があったものと認められる。

(三)  さらに、前示の原告の再解任に至る間の原告の言動によってみれば、原告が「いい加減」とか「メチャクチャ」と評されることも、真実に基づいた許されるべき論評の範囲内にあるものというべきである。

(四)  発行者である被告乙川は、丙沢記者の取材結果及び認識を前提に編集・発行にあたったものであり、丙沢記者と同様の認識であったと認められる。また、被告新潮社は、右両名の認識を前提に、本件記事の掲載されたフォーカスを発行し、販売頒布したものである。

したがって、被告らについても相当な根拠を有していたと認められる。

6  以上によれば、本件記事はその一部につき真実であり、その余の主要部分については真実であると信じる相当な根拠に基づき事実を摘示したものであるし、また許されるべき論評の範囲内の論評というべきであるから、本件記事は原告の名誉を毀損するものであるけれども、被告らはその責任を免れるものというべきである。

五  結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佃浩一 裁判官日野浩一郎 裁判官玉越義雄は転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官佃浩一)

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